芭蕉の道(2021年8月18日)
どこへ行こうかと迷っていたら、江東区のウオーキングマップを見つけた。その中の「芭蕉の史跡めぐり」を歩くことにしました。都営新宿線、大江戸線の森下駅から出発です。出だしの道を間違えましたが、すぐ修正しました。 | |
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芭蕉記念館 | |
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芭蕉の花序 | 「芭蕉野分して 盥に雨を 聞夜哉」 |
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隅田川に出ました。上流は新大橋です。 | |
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下流側は清洲橋です。 | |
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「名月や 池をめぐりて 夜もすがら」 | 「あられ きくや この身はもとの ふる柏」 |
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クサギの花が揺れている。(風が強かった) | トクサの花、初めて見た! ↑マウスオン |
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正木稲荷神社。 柾木の大木があった。 腫れ物を治すご利益があるとされ、全快するまでは蕎麦を食することを我慢し、治癒した時は蕎麦を奉納した。 |
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芭蕉庵史跡屋上庭園 | |
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「芭蕉翁略伝」の挿絵 原田圭岳画 | 「俳諧悟影法師」の巻頭図 |
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「埋木の花」 平一貞著 深川要津寺の芭蕉庵を実見記録したもの。 |
「芭蕉文集」の掲載図 小林風徳が編集出版した。 |
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芭蕉像。昼は川上を見る。夜は河口を見つめる。 | |
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芭蕉稲荷神社 芭蕉庵が消滅した後、大正6年の津波来襲の後、芭蕉が愛好したといわれる石造の蛙が発見され、 地元の人々の尽力により、ここに芭蕉稲荷が創建された。 |
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深川芭蕉庵旧地の由来 | 芭蕉庵跡の碑 |
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小名木川にかかる萬年橋 橋の北側に番所があった。 ↑マウスオン | |
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清洲橋 ドイツ、ケルンのライン川にかかる吊り橋をモデルにした。 ↑マウスオン |
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セメント工業 明治8年 発祥の地 ↑マウスオンは現在の工場 | |
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明治27年に製造されたコンクリートブロック ↑マウスオン | |
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↑マウスオン 芭蕉俳句の散歩道の入り口が封鎖されていて、ぐるっと回って入る。 |
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沢山の俳句が並んでいました。知っている句もありますね。 |